鳴らない電話を片手に、暗い床と冷たい壁に身を任せて。

そろそろ夜が明けるころだろうか。
日付けが変わるであろう少し前から、わしの時間間隔はもはや狂ってしまった。
自分が目を閉じているのか、何かを見据えているのか。
それすら分からない。
この心臓が場違いなくらい機械的に鼓動を刻み続けていること以外。

何が乱したのだろうか、何がいけなかったのだろうか。
どこの糸が解れて、崩れて、堕ちていったのか。
わしらは、ずっと一緒だと思っとったのに。

手を伸ばして、煙草を取った。
ライターで火をつけると同時に、空気と混ざる不釣合いな灰色の煙。
煙草の先から出る煙と、わしの口から吐き出される煙も混じる。
目を細めて、カーテンを開ける。
空はまだ明けてないが、車の流れも、雲の流れも早くなってきている。
東京の朝ってのは早いもんやのう。

昨日までのわしじゃったら、この腕の中にはわしとは違うぬくもりがあったやろうに。
空っぽになった手を眺め、また煙草を咥える。
優しさも、ぬくもりも、愛さえも。
失った今、わしは何のために生きているんやろうか。

なのに今、わしの気持ちはこんなにも穏やかなんて。
もっと取り乱すのかと思ってたんに。
「・・・はは」
わしはわし自身を自嘲した。
情けなくて格好悪いのに、何だか清々しい。
「変じゃのう・・・悲しい、はずなのに」
口元は緩んで、奇怪な笑みを浮かべていて。
それなのに、この頬に涙が伝って・・・。
・・・」

鳴らない電話を片手に、暗い床と冷たい壁に身を任せて。



気狂いピエロ






蜃気楼/Mr.Children